東京地方裁判所 昭和56年(ワ)729号 判決 1983年12月16日
原告 積水化学工業株式会社
右代表者代表取締役 藤沼基利
右訴訟代理人弁護士 那須弘平
同 井口多基男
被告 中山健
主文
一 被告は、原告に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年二月一七日から完済に至るまで日歩四銭の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文同旨
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 昭和五三年五月二二日原告は、被告との間で別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の建築を代金三一〇〇万円、完成引渡しまでに代金を支払い、代金支払遅滞のときは日歩四銭の遅延損害金を支払う旨の約定で請負い、その後代金を二二〇〇万円とする旨合意した。
2 昭和五三年一〇月一九日原告は本件建物の建築工事を完成し、被告に引渡した。
よって原告は、被告に対し、右建築請負代金のうち支払済の一二〇〇万円を控除した残金一〇〇〇万円及びこれに対する完成引渡し後である昭和五六年二月一七日から完済に至るまで日歩四銭の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
全部認める。
三 抗弁
1 原告主張の本件建物建築請負契約(以下「本件請負契約」という。)には、請負代金の支払につき、提携ローン特約があり、被告は、原告の提携銀行から融資を受け、その融資金をもって請負代金を支払うが、そのため被告は原告の請求する書類を原告に提出すれば、原告が被告に代って銀行から直接金員を受領し、これを請負代金の支払に充当することとなっていた。右特約に基づいて、株式会社大和銀行及び株式会社三和銀行からそれぞれ五〇〇万円ずつ、商工組合中央金庫(以下「商工中金」という。)から一〇〇〇万円の住宅ローンを借り入れることとなり、被告は、原告の指示したとおり右三行の住宅ローン申込手続を行ったが、商工中金の住宅ローンだけは、原告の責に帰すべき事由により融資が実行されなかった。
2 その後原告から被告に対し、商工中金のローン申込手続に必要な書類を再度提出するよう申入があったが、本件建物の建築工事について、被告からクレームがあったので、話合の結果、昭和五五年二月一一日原、被告間に次の合意が成立した。
(一) 原告は、(1)リビングルーム床、補強再工事、(2)リビングルームTVフィダー取付け、(3)リビング床下アンカーボルト再点検補修、(4)アパート外廊下モルタル勾配補正、(5)二階洗面所鏡取付け、(6)トイレ物置棚取付けの六項目の追加、補修工事を行う。
(二) 細部補修項目については通常定期点検(一年)で補修する。
(三) 外回り工事及び下駄箱については後日双方で事実確認の上施工決定する。
(四) 原告が以上の工事を完了した上で、被告はローンによる融資金をもって未払金を決済する。
四 抗弁に対する認否
全部認める。
五 再抗弁
昭和五五年二月一二日に抗弁記載の補修工事に関する合意が成立した後、原告の担当社員は、右合意に基づく補修工事を実施するため、下駄箱の仕様明細等について被告の意向を尋ねるべく同年二月末から何回となく被告方を訪れたが、その都度、被告が留守であるとか、忙しい等の理由で追い返され、工事を実施することができなかった。原告は処置に窮し、本件原告代理人那須弁護士に処理を委任した。那須弁護士は、昭和五五年七月から九月までの間、右合意に基づく補修工事を実施した上、残代金の支払を得るため被告に電話し、あるいは訪問して面会したが、被告は「勝手にしろ。」「話しても無駄だ。裁判でも何でもやってくれ。」と言うのみで、話を進展させることができず、工事を実施することもできなかったので、やむなく本訴を提起した。右のとおり原告は、抗弁記載の合意に基づく原告の債務につき弁済の提供をし、被告はその受領を拒絶したものであるから、遅くとも本件訴状送達の日である昭和五六年二月一六日までには、本件請負残代金一〇〇〇万円の支払につき履行期が到来し、その翌日以降約定遅延損害金支払義務も生ずるというべきである。
六 再抗弁に対する認否
争う。
第三証拠《省略》
理由
一 和解の無効について
本件について昭和五七年五月二八日第一七回口頭弁論期日において和解が成立したが、原告から同年六月三〇日右和解は無効であるとして、期日指定の申立があったので、まずこの点について判断する。
1 原告が本件和解を無効と主張する理由は、次のとおりである。
(一) 本件和解条項第一項は、「被告は原告に対し本訴請求にかかる金員のうち金一一〇〇万円の支払債務があることを認める。」というものであり、第二項は、その支払方法について、被告は、商工中金からの借入金によることができるという趣旨の条項である。
(二) 右第一項について、原告代理人が当初示した和解案は、被告は原告に対し金一一〇〇万円を支払う旨の給付条項であったが、被告代理人から商工中金からの借入により被告が支払うことは確実であるから、給付文言を削除し、確認条項にとどめてほしいとの申入があり、原告代理人もこれを信じたため、これに同意したものである。
(三) しかるに、和解成立後、被告は、商工中金からの借入手続に任意協力しようとせず、その意思が当初からなかったことが判明した。したがって原告は、本和解により、請負代金回収の目的を達することができず、給付条項とすべきを確認条項としたことについて表示された動機に錯誤があった。
2 本件記録によれば、本件訴訟は、原告が本件建物建築請負工事代金二二〇〇万円の残金一〇〇〇万円とこれに対する遅延損害金の支払を求めるのに対し、被告は、工事に未完成部分があり、原告がその工事を完成すれば、約定どおり提携ローンにより右残代金を支払う旨主張したことが明らかであり、右和解成立の前提として、原告が本訴係属後被告主張の補修工事を全部実行したこと、また、原告からの期日指定申立後、当裁判所は、被告に対し、再度ローンによる残代金支払を勧告し、商工中金の住宅ローンは返済期間が一二年で月賦金が高額になるので、原告は日本長期信用銀行の二〇年ローンの借入に必要な準備もしたが、結局被告がその借入手続に協力しなかったため、ローンが実行されず、原告は弁済を受けられないままであることは、当裁判所に顕著である。以上の経緯によれば、被告は、右和解成立時に、銀行ローンによる和解条項所定の残代金支払の意思がなかったものと認めるほかなく、その意思があることを前提として給付条項を設けず、確認条項にとどめた本件和解に応じたことについて、原告に錯誤があったというべきであるから、右和解は無効と認める。
二 よって本訴請求について判断する。
1 請求原因事実、抗弁事実とも当事者間に争いがない。
2 《証拠省略》によれば再抗弁事実を認めることができる。
3 以上によれば、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 白石悦穂)
<以下省略>